明日への教訓

刺激と休息(真のリフレッシュは休日の多さではなかった)

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本当の休暇は長期休暇で得られるものではなかった!
一瞬でも感じる”満足感”だ。

真のリフレッシュのこと。
私は20代のころや30代のころ、仕事の休みというものが少なかった。
つまり、就いた仕事が”サービス業”で連休を取るのが難しかった。

しかし!休みを取らなくても、仕事から解放されている時間の過ごし方によって、
リフレッシュ感は味わえることを知った。

20代半ばから29歳までの間に就いた仕事は飲食店の店長だった。
今から考えると”ブラック企業”を通り超えた休みの無さだった。
1年で連休が2回しかも、1回の連休が2日~3日だった。

年間休日日数が合計で6日~7日ほどだった。

年齢的にも「冠婚葬祭」がなかったので休む理由もなかったのが原因でもあるが、
今でこそ「よく休みを取らずに5年間、店長職を続けられたものだ。」と思った。
言っておくが、私が店長をしていた飲食店は24時間営業だった。

さらに店長という立場の私は、当時ではポケットベルを持たされて、
店から一歩出た時でも何かあれば呼び出されるような責任があった。

スタッフが急に休めば自分で”穴埋め”は当たり前。
スタッフが急にやめても同じこと。

最大で5日間、店に缶詰め状態で更衣室で立って(?)寝た器用な体験までしたのだ。
こんなに責任と肉体的な過酷な労働だったけれど、
私は「過労自殺」や「精神疾患」にまで追いつめられることがなかった。

その理由は、真のリフレッシュができたからだ。

いくら24時間拘束されて、5日間も家に帰れない自由のない状態が続いても、
当時での給料は悪くなかった。

店の仕事から解放されると、
スポーツタイプの車に乗って海までドライブ。
そして豪勢な食事を贅沢に平らげて・・・
大好きな音楽活動を始める。

自宅に帰るとギターやベースギター、リズムマシンにキーボード、
自宅録音の機械は揃っており、自作で作ったオリジナル曲をマルチ録音する。

夢は自分の作詞作曲した歌でプロのミュージシャンになること。

小学校6年のころから抱いていた夢だった。
25歳で飲食店の店長になった時も心の底では”夢”を捨ててなかった。

夢をまけるが価値・・・

夢は負けるが勝ち?
25歳を分岐点としていた当時の私の中で自分の夢を叶えないことに正当性を感じ始めていた。
「音楽は好きだがプロミュージシャンにはなれない」

どこかで自分の限界を感じたのか?心の奥であきらめ始めていた。
だけどたとえ、趣味の域でも音楽を楽しむことは”刺激と休息”を一度に得ることだった。

自宅に帰って非日常な音楽漬けの自分の世界に入ること、たとえ3時間でも4時間でも、
疲れていても寝ることを惜しんで熱中した状態が私の”刺激と休息”だった。

私には仕事から離れた時間に”刺激と休息”があったので”満足感”を得られた。
真のリフレッシュを程よく得ることができたから休みがなくても乗り越えることができたのだろう。
夢をまけるが価値を起動開始

 

 

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eddy

自己成長目的の書籍を 実際に読んで体感。 ビジネスで再現して実行。 書籍を使った経験を書評。 主にコピーライティング。 ウェブセールスの学習。

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